「ゲームにおける友好度システム」について考える 

一体、面白いゲームとはなんなのか。ゲーム論やレヴューでいろいろ語られているのに触発されて、自分も何か語ってやりたいと思います。誰か、ゲーム好きの方は付き合ってください。

まず「友好度システム」について考えたい。これは素敵なシステムだと思う。
自分のゲームの遊び方によって、登場キャラクター達の態度が、友好的になったり、敵対したり、いろいろ変化していくからだ。

例を挙げてみると…

●FF7では、とくに親しいキャラと中盤でデートイベントが発生する。特に話の展開に影響はないが、遊ぶ人によってデートの相手が変わるので、話のネタにできたり…するかもしれない。

●スターウォーシャンは遊び方によってエンディングの後日談で、仲間同士が、恋愛関係になったり、友達になったり、複雑なパターンが用意されている。よって、自分だけの物語の結末に辿りつけるっていう感慨深いものがあったり。まあ、特に使わなかったキャラが、孤立したりするのがなんとも…。

●リメンバー11というゲームでは、雪山遭難したメンバーの一部のキャラにストレスポイントがあり、それが高すぎても低すぎても協調性を失いバットエンドになる。みんな協力し合わないと、生き残れないって事らしい。

●恋愛シミュレーション全般…自分の遊び方でヒロインになるキャラを拾捨選択できるってのは、吉だと思う。

●女神転生シリーズでは、ゲーム中に色々な派閥があって、どの派閥の味方をするかで、話の筋が変わってくるものがある。

とこんな感じで、「友好度システム」の良いところは、プレイヤーの態度が、そのままゲームの世界に影響を与えられることにある。それは一本のシナリオをなぞるよりも、その世界に参加しているという実感がある。同じ理由で「マルチシナリオ」のゲームが好きなので、以前、マルチシナリオの話をしたときと重複する部分はあるけれど、やっぱりゲームは、いろいろな遊び方ができるほうが楽しいはずだと思うのです。
[2007/02/04 05:24] 未分類 | TB(0) | CM(2)

内容次第だけど

友好度システムか……
うーん、結局はゲームの出来次第だと思うんで、なんとも言えないけど……
オレは、内容しだいでは良いシステムだと思います。

デートイベントなんかは、特にデートしたい相手がいないのに選ばなきゃならないのって、義理デートしてるみたいで気が重い。
作者側の「こうすればハッピーエンド」ってシナリオが見えると逆らいたくなっちゃう。
オレはどんなゲームをしても、マルチシナリオだと必ずバッドエンディングになっちゃうから、なんとなく自分を否定されたような気になって落ち込みます(笑)。
「自由にやっていいよ」と言われたから自由にやってたのに、「こうしなかったからバッドエンド」と言われるのは、なんとも釈然としねー……じゃあ最初から「こうしろ」って言えよ! みたいな(笑)。

言いたい事がハッキリあるゲームなら、マルチよりも一本道のシナリオの方が解り易いと思うけど、メッセージ性よりも雰囲気重視のゲームや、ゲームの中に娯楽の要素として少し友好度システムが入ってるのは好きです。
少しでも自分で選べる部分が多いと、参加してる感じが増えるし、自分だけのストーリーって気になるからいいですよね。

そのうち、もっとメチャクチャ複雑なシステムになって、現実の人間関係くらいに混沌とした友好度システムになるのかな……って、それじゃ現実と同じか(笑)。
[2007/02/04 19:29] 砂目 [ 編集 ]

内容次第だねー

マルチシナリオものの危険なところもありますね。自由度を高める為の物か、選択を迫るものか…。お話の分岐に、遊び手が納得しないとゲームとして楽しめるかどうかが難しくなる。

こういうシステムは、映画とか小説ではできない、ゲーム特有の概念なので、歴史的には新しい文化のひとつ…のハズ。可能性を探っていきたいものでもあります。

あえて最悪な選択肢を選んで、悲惨な結末を見るのが凄く楽しくてしょうがない人がここにいます。むしろハッピーエンドになると、がっかりするなんて…とても言えない(汗)
[2007/02/05 03:28] take [ 編集 ]

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